明治維新より輝かしい「大政奉還」という偉業150年前の「慶応維新」は世界史上の奇跡だ|マネブ

マネブNEWS:〔2017.12.15〕親子間の「伝わらない」には重大な原因がある「早く 現在の記事数:252927件

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明治維新より輝かしい「大政奉還」という偉業150年前の「慶応維新」は世界史上の奇跡だ


徳川慶喜が決断した「大政奉還」の再評価が始まっている(写真:近現代PL/アフロ)いまから150年前、最後の将軍・徳川慶喜が政権を朝廷に返すと発表した。「大政奉還」である。大政奉還というと、「その場しのぎの決断」というイメージを持たれる方が多いことだろう。何の展望も持たない「愚かな決断」で、結局は旧幕府方の瓦解を止めることができなかったと……。しかし、最近の反「薩長史観」本ブームのなか、大政奉還は「慶応維新」というべき歴史的な偉業で「明治維新」より優れていた、という主張も見られるようになった。これはどういうことなのか。このたび『薩長史観の正体』を上梓した武田鏡村氏に解説していただいた。龍馬も大歓迎した大政奉還『薩長史観の正体』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

薩摩と長州に討幕の密勅(後述)が下った慶応3(1867)年10月13日、まさにその日、将軍の慶喜は「政権を朝廷にお返しする」と発表した。

この歴史的な決断を待っていたのが、大政奉還を後藤象二郎(土佐藩重役)に提言した坂本龍馬である。

龍馬は、後藤から土佐藩主の山内容堂に奉還論が説かれ、それが幕府と朝廷に建白書として提出されていたことを知っていた。薩長の内情を知る龍馬は、幕府が政権を奉還しなければ、薩長と幕府の日本を二分する流血の戦いが勃発することを恐れていた。

そのため龍馬は、将軍が大政を朝廷に返したことを知るや、体をよじりながら、「これで戦争は起こらぬ。将軍のお心はいかばかりかと察するに余りある。よく決断なされた。私は誓って、この将軍のために一命を捧げん」と感涙した。

翌日の14日、将軍慶喜は大政奉還の上表文を朝廷に提出した。そこには、「政権を朝廷に奉帰(ほうき)して、広く天下の公議を尽して御聖断(ごせいだん)を仰ぎ、万民一致して皇国を興隆し、外国と並び立つこと」という内容が記されている。朝廷はこれを受理した。

これは平和的な絶対権力の移行である。慶応3(1867)年10月14日は、日本の歴史で記憶すべき日である。

まさに幕府自らにより「慶応維新」というべき変革を成しとげたのである。のちに無理やり戊辰戦争を引き起こし強引に新政府をつくった「明治維新」とは明らかに違う無血革命であった。

この日は、龍馬にとっては「新国家」樹立に向けて出発の日となった。「薩長史観」により、このことはうやむやにされてきたきらいがあるが、150年目を迎えた今、はっきり認識すべきであろう。

新国家設立に向けた龍馬の動き

坂本龍馬は、翌月の11月10日に、福井藩の重役で京都に滞在中であった中根雪江(ゆきえ)に宛てた手紙を書いていた。それは同藩士の三岡八郎(由利公正・きみまさ)を早く新政府に出仕させてもらいたい、というものである。そこには財政に詳しい三岡が必要で、1日先になれば「新国家の御家計(財政)の成立が1日先になる」と出仕をせかせる内容である。

ここに「新国家」とあるのは、大政奉還されたのが10月14日であるから、1カ月の間に新しい国家をつくるための動きがあったということになる。それは大政奉還によって朝廷を中心とする新政府の樹立が目指されていて、そのために財政に詳しい三岡が必要な人物であると龍馬は認識していたのである。

しかも龍馬は、先だつ10月16日に「新官制議定書」を起草している。関白という最高地位に三条実美(さねとみ)を据え、内大臣という政府の中枢には徳川慶喜を記している。また議奏(ぎそう)という天皇を支える重職には、皇族と公家を除くと松平春嶽、山内容堂、徳川慶勝(よしかつ)、伊達宗城(むねなり)、島津忠義(ただよし)、毛利広封(ひろあつ)、鍋島閑叟(かんそう)といった有力大名が名前を連ねている。参議には、岩倉具視らの公家のほかに、薩摩、長州、土佐、熊本、福井各藩の実力者が上げられている。

さらに11月5日には、「新政府綱領八策」を起草している。これは、二院制議会の設置など新国家構想を示した「船中八策」を要約したものである。

このことから考えられるのは、やはり幕府による平和的な政権移譲によって「慶応維新」が行われて、“全員参加型”の新国家成立がされようとしており、龍馬はそれを推進していたことを示している。

これが実現していれば、慶喜を中心に全国の有力諸侯が参加した連合政権となったであろう。日本中の実力者たちが参加した“オールスター”ともいうべき新政府は、薩長藩閥に牛耳られた明治政府より優れた政体になった可能性もある。

「慶応維新」に困ったのが、薩摩と長州である。討幕が勅許され、「我らは朝廷軍で、幕府は朝敵だ」と意気込んだが、慶喜が政権を返したので、振り上げた拳をどう下ろしたらよいかわからない。

そもそも、大政奉還の前日の13日に出された「討幕の密勅」は偽造されたものであり、そのことは文章に明らかに示されている。その原本には、天皇の署名となる名前の「睦仁」という直筆はなく、天皇の認めた印の「可」の文字もなく、名を連ねた3人の公家の花押もない。文章も居丈高で威圧に満ちて、慶喜を糾弾し、誅殺せよと品位もなく叫んでいるだけなのである。

薩長史観ではうやむやにされてきたが、どうみても「偽勅(ぎちょく)」である。

これにより、薩長はなにがなんでも武力討幕をしようとしたのであるが、「大政奉還」により肩透かしをくらったわけである。

一方、朝廷も政権は受け取ったが、それを動かす行政組織も人材もおカネもなく、さらに自衛するための軍隊もない。

慶喜が将軍も辞退すると申し出たが、しばらくは慶喜に政務を委任するというしかない。龍馬の構想も具体化には至っておらず、ここにまったく政権主体のあいまいな空白の状態が生まれた。

その間隙を突くために、しばらく時間稼ぎをしたい薩摩は、10月17日に小松帯刀、西郷隆盛、大久保利通の3人が長州に行って相談するために姿をくらませた。薩長の同盟の絆を確かめ、あくまで武力討幕を目指す決意を確認しようというのである。長州は「討幕の密勅」を受けた形で、出兵の準備を行い、3人が戻ってきた薩摩でも、軍勢を整えて京都に出撃する態勢に入った。

だが、両藩の中でさえ、将軍が政権を返還して一大名になったのであるから、武力で倒すことはないという意見があった。

同じ考えが公家の間でもあったようで、「討幕の密勅」に署名した3人の公家は、10月21日に、武力討幕を中止するようにとの天皇の御沙汰書を、やはり偽造して薩長に出していたという。

だが、薩長はこれらを無視し、何が何でも幕府を武力で倒す方針を変えない。

力によって敵の権力とその機構を完全に潰して、掌握しなければ革命ではないと考えていた。それに政権が返上されても、徳川家が持っている800万石という膨大な所領地が残っている。これをそのままにしておくことはできない。敵の権力だけではなく財政基盤を完全に奪ってしまわなければ、権力奪取を成し遂げたとはいえない。

薩長は幕府から実権のすべてを奪い取って、それを自分のものにしなければならないと考えていた。

このようにあくまで武力討伐を目指す薩摩藩にとって、「慶応維新」をもとにした新国家建設を進める坂本龍馬の存在は邪魔になったであろう。そして龍馬は、先ほどの中根雪江への手紙を書いた5日後の11月15日に暗殺されている。

こうしたことから私は、薩摩が黒幕となって龍馬を暗殺したのではないか、と推論している。

無益な血にまみれた「明治維新」

その後、12月9日に王政復古の大号令が出された。そして、その夕方に開かれた小御所(こごしょ)会議で、慶喜がすべての官位を辞して、徳川の持つ領地をすべて朝廷に返すことが一方的に決定された。反対する土佐の山内容堂を西郷が暗に恫喝した結果である。

それ以前の10月に、大政奉還で討幕の道が遠のいたと判断した西郷は、江戸市中を騒擾させるよう密命をくだしている。密命を受けた伊牟田(いむた)尚平や相楽総三らは、浪士や無頼の徒を500人ほど集めて「薩摩御用盗(ごようとう)」と呼ばれるテロ集団をつくり、江戸市中において殺人、略奪、強姦、放火とあらゆる犯罪を行った。

上方にいる慶喜や、幕府方を挑発するためである。

やがて、この挑発に乗った形となり、鳥羽・伏見の戦いが引き起こされ、戊辰戦争で多くの血が流された。

龍馬らが思い描いた「慶応維新」をもとにした平和的な新国家建設は頭から否定され、無益な血にまみれた「明治維新」が強行されたわけである。

マネマガ
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引用元:東洋経済オンライン

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