「お客様の笑顔」「仕事=やりがい大切」という危険な思想…多くの人を生きづらく|マネブ

マネブNEWS:〔2018.10.23〕電通クリエイティブが明かす 今勝てるマーケティン 現在の記事数:287396件

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「お客様の笑顔」「仕事=やりがい大切」という危険な思想…多くの人を生きづらく


「Gettyimages」より仕事に「やりがい」を感じてはいけないのか?

 仕事はあくまでも生計を立てるための手段である。私も学生時代、できることなら就職は先延ばしにして、もう少し好きなことをして暮らしていたいと思ったものだった。でも、それでは暮らしが成り立たないので、仕方なく就職した。

 仕事は生計を立てるための手段。そう思えば、投入した労力に見合った金銭報酬や適正な勤務時間など、納得のいく待遇が与えられない場合は、正当な待遇を要求したいと思うだろうし、それが通らないなら辞めるという選択肢が当然のこととして思い浮かぶはずだ。

 ところが、仕事そのものに「やりがい」を感じるべきだということになると、たとえ投入した労力に見合った金銭報酬が与えられなくても、あるいは過酷な長時間労働を強いられても、だから辞めるということにはなりにくい。充実感や達成感、使命感があるからということで、一切文句を言わずに働く者が出てくる。

 それが搾取される働き方につながり、ときに過労死や過労自殺といった深刻な問題を引き起こすことになる。

 そう考えると、仕事にやたら「やりがい」を求めるのは、けっこう危険なことなのかもしれない。多くの人が抱える生きづらさの背景にあるのは、仕事に「やりがい」を感じるべきという考え方なのではないか。

『自己実現という罠: 悪用される「内発的動機づけ」』(榎本博明/平凡社新書) では、仕事に「やりがい」は必要ないのか。一概にそうとも言い切れない。

 生活の糧を得るには、自分にできる仕事をして稼ぐしかない。でも、どうせ働くなら、嫌々仕事をするよりも、「やりがい」を感じながら仕事をするほうが、ずっと気持ちよく働けるだろう。

 ただし、仕事の「やりがい」というのは諸刃の剣みたいなものだ。働く人を活き活きさせる面があると同時に、不当な搾取に対する働く人の感受性を鈍らせ、結果的に働く人を苦しい状況に追い込む側面がある。そこに注意を喚起したいのである。

「お客さまの笑顔」「お客さまの満足」

 学生たちとアルバイトについて話していると、「お客さま」という言葉がやたら出てくるのが気になる。「お客さまの笑顔を引き出せるように」「お客さまに満足してもらえるように」がんばって働いているというのだ。そのことをいかにも満足げに口にするのである。

 かつて、学生がこのような言葉を口にするのを聞いたことはなかったのだが、このところよく耳にするようになった。学生のアルバイトのほとんどが接客業だが、そうしたアルバイトの現場で、「お客さまの笑顔」や「お客さまの満足」を強調し、それを引き出すべく、がんばるようにといった従業員教育が行われるようになってきた、ということだろう。 求人・転職支援を業務とするエン・ジャパンが行った意識調査によれば、仕事にやりがいを感じている人に「やりがいを感じる瞬間」について尋ねたところ、「お礼や感謝の言葉をもらったとき」が61%と最も多かったという。人から感謝されれば誰だって嬉しいものだし、人の役に立っているのを実感することは、仕事のやりがいを感じることにつながり、もっとがんばろうという気持ちになる。

 客が笑顔になり、満足するような働き方をすること自体が悪いというのではない。客が気持ちよくなれるという点では、むしろ歓迎すべきことかもしれない。だが、従業員の側の心理状況に目を向けると、必ずしも好ましい動向とは言えない。

 このところ気になるのは、「お客さまの笑顔」や「お客さまの満足」を強調することで従業員を酷使する、新手の搾取が行われているのではないか、ということだ。しかも、心理学の成果を巧みに利用しているようなのだ。

「間柄の文化」ゆえに人の役に立ちたいという思いが強い

 この連載のはじめの頃に、私が欧米の文化を「自己中心の文化」、日本の文化を「間柄の文化」と特徴づけ、対比させていることを紹介した。

「自己中心の文化」とは、自分が思うことを思い切り主張すればよい、ある事柄を持ち出すかどうか、ある行動を取るかどうかは、自分の思いや意見を基準に判断すればよい、とする文化のことである。そこでは、誰もが常に自分自身の気持ちや考えに従ってものごとを判断することになる。

 一方、「間柄の文化」とは、一方的な自己主張で人を困らせたり嫌な思いをさせたりしてはいけない、ある事柄を持ち出すかどうか、ある行動を取るかどうかは、相手の気持ちや立場を配慮しつつ判断すべき、とする文化のことである。そこでは、誰もが常に相手の気持ちや立場を配慮しながらものごとを判断することになる。

 自己中心の文化では自分の欲求のままに行動するのが正しいことになるが、間柄の文化では相手の欲求を満たしつつ自分の欲求の充足を目指すことが求められる。ゆえに、間柄の文化で自己形成してきた私たち日本人は、人の役に立ちたいという思いが強い。

 そこにつけ込むブラック企業が出てくる。お客が笑顔になるような顧客対応、お客が満足するような顧客対応を強調しながら、巧妙な心理学的仕掛けを行っていくのである。内的報酬の大切さを説きながら洗脳する

 定時に帰れることがない上に、休日出勤までしょっちゅうある。そのせいで私生活がないばかりか、慢性疲労に悩まされ、これではたまらないと上司に相談すると、

「その気持ちはわかります。でも、ちょっと考えてみてください。家でのんびり寛ぐほうが、そりゃ楽に決まってますけど、楽であればいいのでしょうか。苦しさを乗り越えるところに充実があり、その先に達成感が得られるのです。苦しいのはわかりますが、この仕事をやりがいのあるものにするために、もう少しがんばってみませんか」

などと言われる。

 そう言われると、「疲れた」とか「私生活の時間がない」などといった不満を口にするのはみみっちい人間のすることのように思えてきて、文句を言いにくくなってしまった、という人もいる。

 残業や休日出勤が多いだけでなく、残業代などの手当がちゃんと払われず、ほとんどサービス残業になっていることについて、上司に疑問をぶつけたところ、

「お金のために働くなんて、そんな虚しいことはありません。モノが溢れる豊かな時代になり、人々はモノやお金よりも心の充足を求めるようになっています。そこで大事なのは、給料のような外的報酬にこだわらずに、やりがいのような内的報酬を意識して働くことです」

と言われたり、さらには、

「それに、お金のために働くと仕事が好きでなくなることが、心理学によって証明されているのです。それをアンダーマイニング効果と言います」

などと科学的根拠を示され、専門用語を持ち出されたりすると、お金にとらわれている自分がちっぽけに感じられ、文句をつける気が失せた、と言う人もいる。

 給料や昇進など、人から与えられる報酬のことを心理学では外的報酬という。それに対して、熟達感、成長感、充実感、達成感、使命感など、本人の内側から湧いてくる報酬のことを内的報酬という。そして、外的報酬を意識して働くことで、働く喜びが失われていくというアンダーマイニング効果は、実際に証明されている。

「お金のために働いてるんじゃなくて、仕事が楽しい。そう思いたくないですか。限界までがんばって、やり遂げたという達成感を味わう。そこに至るまでの忙しいときにも充実感が得られる。そんな働き方をしてみませんか」

などと高揚した調子で言われると、こちらの気分も高揚し、妙に納得してしまい、

「たしかにお金のためだけに働くのは虚しいかもしれない」「充実した忙しい時間を過ごすのもいいかも」「やり遂げたっていう達成感を味わうのもいいな」

などと思えてくる。それでもときどき、「これでいいのだろうか」といった疑問が頭に浮かぶこともあり、うまく言いくるめられた気もする。そんなふうに言う人もいる。

学生アルバイターや新入社員は、とくに注意が必要

 このように心理学理論を持ち出し、不当な酷使に疑問や不満をもつ従業員を煙に巻く経営者が増えている。すでに学生時代からそうした搾取にはまっている人も少なくない。授業の中で内的報酬の話をすると、授業後に、

「バイト先の店長に言われたのは、まさにこれです」「うちのバイト先の経営陣は心理学の理論を悪用しているとしか思えない」

などと言ってくる学生が少なからずいる。

 具体的に聞いてみると、

「金のために働くだけなんて、虚しいと思わないか? もっとやりがいを求めないと」「限界までがんばったときの達成感は、なんともいえないものがある。それが働く喜びってものではないのかな」「お客さまの笑顔は、お金には換算できない、貴重な心理的報酬です。多少金銭報酬が少なくても、お客さまの笑顔に触れると幸せな気分になります」  

などと言ってくるというのだ。

 よく考えるといかがわしさ満載だが、心理学的には正しいことを言っている面もあり、素直で良心的な学生はすぐに騙されてしまう。

 心理学理論をちらつかせる手法で不当に酷使されているのは、学生アルバイターだけではない。入社間もない新入社員などは、不当な労働条件で酷使され、「これはおかしい」「こんな待遇ではやってられない」と思うようなことがあっても、仕事経験が乏しく、自分の中にはっきりとした基準もなく、また早く仕事に馴染んで認められたいという思いも強いため、労働条件に文句を言うよりも、早く慣れて適応したいと思ってしまう。

 それで、つい無理をする。「もう限界だ」と感じても、心理学理論を持ち出され、内的報酬の大切さを説かれたりすると、給料や勤務時間といった待遇を気にする自分はまだまだダメだ、働くこと自体にやりがいを感じられるようにならなければ、といった思いに駆られてしまう。

 新入社員が過労により心身の不調に陥ったり、ときに過労死に至る背景には、そうした「やりがい搾取」の心理構造があるのではないだろうか。(文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士)

※関連図書:榎本博明『自己実現という罠 - 悪用される「内発的動機づけ」』凡社新書

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引用元:ビジネスジャーナル

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