世界のエリートが「美意識」を鍛える根本理由質の高い意思決定を継続的に行う基盤とは?|マネブ

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世界のエリートが「美意識」を鍛える根本理由質の高い意思決定を継続的に行う基盤とは?


世界のエリートは美意識を高めるための取り組みを行っている(写真:adam121 / PIXTA)

今、第二次大戦後に世界が築き上げてきたありとあらゆる既成概念が崩壊し、これまでのルールが全く通用しなくなる中、それに代わる新しい秩序やルールが立ち上がって来ているかと言えば、それもない。

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今後とも新しい秩序の姿は見えないようだという不透明で垂れ込めた感覚こそが、今の時代を覆う漠然とした不安の正体であり、その裏返しが、AIのシンギュラリティがもたらすユートピアへの過剰な期待感でもあるという、混沌とした時代にあるように思う。

そして、これをビジネススクールにおける教育という視点で見れば、最早、旧来型の、ビジネスのテクニックを学ぶ、きっと何処かに答えがあるだろうことが初めから分かっている20世紀型のMBA教育は、完全に時代遅れだということになる。

グローバル企業の幹部候補は「美意識」を鍛えている

こうした昨今の潮流は、フィナンシャルタイムズの2016年11月13日版に掲載された「The art school MBA that promotes creative innovation(美術大学のMBAが創造的イノベーションを加速する)」と題した記事でも、いわゆる伝統的なビジネススクールへの出願数が減少傾向にある一方で、アートスクールや美術系大学によるエグゼクティブトレーニングに、多くのグローバル企業が幹部を送り込み始めている実態として報じられている。

著者曰く、こういったトレンドを大きく括れば、「グローバル企業の幹部候補、つまり世界で最も難易度の高い問題の解決を担うことを期待されている人々は、これまでの論理的・理性的スキルに加えて、直感的・感性的スキルの獲得を期待され、またその期待に応えるように、各地の先鋭的教育機関もプログラムの内容を進化させている」ということだと言う。

つまり、グローバル企業が世界的に著名なアートスクールに幹部候補を送り込むのは、これまでのような「分析」「論理」「理性」に軸足をおいた経営、いわば「サイエンス重視の意思決定」では、今日のように複雑で不安定な世界においてビジネスの舵取りをすることはできないという認識があり、単なる教養を身につけるためではなく、極めて功利的な目的のために「美意識」を鍛えているというのである。

本書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の執筆にあたって、著者が多くの企業・人にインタビューした結果、そのように考える具体的な理由として共通して指摘されたのは、次の3点だと言う。

「良い」「悪い」を判断するための認識基準

先ず、最も多く指摘されたのが「論理的・理性的な情報処理スキルの限界」である。最近、「VUCA」という単語をよく目にするが、これは「Volatility=不安定」「Uncertainty=不確実」「Complexity=複雑」「Ambiguity=曖昧」という、今日の世界の状況を表す4つの単語の頭文字を組み合わせたものである。問題を構成する因子が増加し、かつその関係が動的に複雑に変化するようになると、この論理や理性だけに頼った問題解決アプローチは機能しない。 今、ビジネスの現場はそのような状況に置かれているのだという。

2つ目が、「全地球規模での経済成長」が進展しつつある中で、世界は巨大な「自己実現欲求の市場」になりつつあり、そこにおいては、精密なマーケティングスキルを用いて論理的に機能的優位性や価格競争力を形成する能力よりも、人の承認欲求や自己実現欲求を刺激するような感性や美意識が重要だということである。

ノーベル経済学賞を受賞したロバート・フォーゲルは、「世界中に広まった豊かさは、全人口のほんの一握りの人たちのものであった『自己実現の追求』を、ほとんどの全ての人に広げることを可能にした」と指摘しているが、正にそうした時代が到来したということである。

3つ目が、現在、社会における様々な領域で「法律の整備が追いつかない」という問題があり、システムの変化に対してルールが事後的に制定されるような社会において、明文化された法律だけを拠り所にして判断を行うという考え方、いわゆる実定法主義は、結果として大きく倫理を踏み外す恐れがあるということである。

そのような世界においては、質の高い意思決定を継続的にするためには、明文化されたルールや法律だけを拠り所にするのではなく、自分なりの「真・善・美」の感覚、つまり「美意識」に照らして判断する態度が必要になってくるというのである。

本書では、「経営における美意識」という言葉を、従業員や取引先の心を掴み、ワクワクさせるような「ビジョンの美意識」、道徳や倫理に基づき、自分たちの行動を律するような「行動規範の美意識」、自社の強みや弱みに整合する、合理的で効果的な「経営戦略の美意識」、顧客を魅了するコミュニケーションやプロダクトといった「表現の美意識」など、様々な企業活動の側面における「良い」「悪い」を判断するための認識基準として捉えている。

「社会彫刻」というコンセプトを提唱し、全ての人はアーティストとしての自覚と美意識を持って社会に関わるべきだと主張したのは、アーティストのヨーゼフ・ボイスであるが、彼によれば、私たちは世界という作品の制作に集合的に関わるアーティストの一人であり、だからこそ、この世界をどのようにしたいかというビジョンを持って、毎日の生活を送るべきなのだと言う。

「人生を評価する自分なりのモノサシを持ちなさい」

『イノベーションのジレンマ』で有名なハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授は、2010年の同校卒業生に対して、エンロンのCEOだったジェフリー・スキリングを含め、同窓生の何人かが犯罪を犯し、結果的に栄光に満ちた人生を棒に振ったという事実に触れながら、「犯罪者にならないために」という題でスピーチを行っている。

彼がその中で述べているアドバイスは、「人生を評価する自分なりのモノサシを持ちなさい」というものである。そしてこの指摘は、そのまま本書の主題である「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?」という問いへの回答にもなっている。

論理思考の普及による「正解のコモディティ化」や「差別化の消失」、或いは「全地球規模の自己実現欲求市場の誕生」や「システムの変化にルールの整備が追いつかない社会」といった、現在の世界で進行しつつある大きな変化により、これまでの世界で有効に機能してきた「客観的な外部のモノサシ」が、むしろ経営のパフォーマンスを阻害する要因になってきている。

世界のエリートが必死になって美意識を高めるための取り組みを行っているのは、このような世界において「より高品質の意思決定」を行うために、「主観的な内部のモノサシ」を持つためだというのである。

そしてこの真逆に、経営における「過度なサイエンスの重視」という問題があるというのが著者の見方である。経営におけるサイエンスの側面を偏重し、過剰に論理と理性を重んじて意思決定をすると、やがては必ず差別化の問題に行き当たり、市場はレッドオーシャン化し、利益を上げるのが難しくなる。そこで生き残ろうとすると、企業の統治や運営は、現状の延長線上にストレッチした数値目標を設定し、現場のお尻を叩いてひたすら馬車馬のように働かせるというスタイルに傾斜せざるを得ない。

成長市場であればまだしも、成熟した市場でそのようなスタイルで戦っていれば、いずれ限界が来るのは自明の理であり、新しいビジョンや戦略も与えないままに、マジメで実直な人たちに高い目標値を課して達成し続けることを強く求めれば、行き着く先はイカサマしかない。

ストレッチした無茶な数値目標を与えて現場の尻を叩くことしか知らない経営陣に率いられている多くの日本企業においては、東芝による粉飾決算を皮切りに、三菱自動車による燃費データ偽装、電通による広告費の水増し請求など、大企業によるコンプライアンス違反が後を絶たない。なんら有効な経営戦略を打ち出せない経営陣が、現場に無茶な目標を突きつけて達成し続けることを求めた結果、やがてイカサマに手を染めざるを得なくなったということである。

哲学者のハンナ・アーレントは、アイヒマン裁判を傍聴した末に、『イエルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告』を発表し、悪とは「システムを無批判に受け入れることだ」と指摘した。そして、「陳腐」という言葉を用いて、この「システムを無批判に受け入れるという悪」は、我々の誰もが犯すことになってもおかしくないのだと警鐘を鳴らしている。

我々はこの不完全な世界というシステムに常に疑いの目を差し向け、より良い世界や社会の実現のために、何を変えるべきかを考えることが求められている。特に社会的な力を持っているエリートにこそそれが求められるのだが、他方、エリートというのは自分が所属しているシステムに最適化することで多くの便益を受け取っている存在であり、システムを改変するインセンティブを持たない。

そこでエリートに求められるのが、「真・善・美」の感覚、つまり「美意識」であり、クリステンセン流に言えば、「人生を評価する自分なりのモノサシ」なのである。

現在のエリートに求められている戦略『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

つまり、「システムの内部にいて、これに最適化しながらも、システムそのものへの懐疑は失わない。そして、システムの有り様に対して発言力や影響力を発揮できるだけの権力を獲得するためにしたたかに動き回りながら、理想的な社会の実現に向けて、システムの改変を試みる。これが現在のエリートに求められている戦略であり、この戦略を実行するためには、「システムを懐疑的に批判するスキル」としての哲学が欠かせない」ということなのである。

オスカー・ワイルドは、裁判の中で相手方に 「どぶさらいめが」と罵られ、 次のように言い返している。「俺たちはみんなドブの中を這っている。しかし、そこから星を見上げている奴だっているんだ。」

本書は、組織に属するいわゆるエリートの方々に、是非読んで頂きたいと思う。組織に乗っかってうまく立ち回ることがエリートなのか、それともその中で歯を食いしばって星を見上げ続けることがエリートなのか。この問いをどう受け止めるか、それこそが正に各人の美意識の問題なのだと思う。 

マネマガ
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引用元:東洋経済オンライン

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